※記載している各登壇者の所属は発表時点のものです。
(写真はJANOG53ミーティング フォトアルバムより)
「Open Caching」という新しいCDNをご存じでしょうか。これは、SVTA(*1)という国際アライアンスによって策定された CDN の仕様です。
インターネット上でのコンテンツ配信量が増大するなか、ネットワーク全体の負荷軽減は重要な課題であり、新たな仕組みが模索されています。2024年1月に開催されたJANOG(*2)53では、「日本に上陸した新しい Cache、Open Cachingを触ってみた。」と題するプログラムが行われました。本プログラムでは、過去、2023年に共同で実施されたOpen Cachingの実証実験結果に関する共有が行われました。
登壇者は、株式会社JPIX 中川 あきら氏、ケーブルテレビ株式会社 石川 英昭氏、Jストリーム エンジニア推進室兼プロダクト企画部(アーキテクト) 高見澤 信弘の3名。
中川氏からは「Open Caching全体の話」、石川氏からはISP(Internet Service Provider)視点で、高見澤からはCDN事業者視点でというそれぞれの切り口より発表が行われました。本記事では当日の様子をレポートします。
(本文中敬称略)
(*1)SVTA (Streaming Video Technology Alliance):世界の大手を含むコンテンツ事業者・CDN事業者・ベンダー等が集まるストリーミングビデオの相互運用向上のためのアライアンス。ストリーミングビデオの運用性向上を追求している。
(*2)JANOG:JApan Network Operators’ Groupを意味し、インターネットにおける技術的事項及び、それにまつわるオペレーションに関する事項を議論、検討、紹介することで、日本のインターネット技術者や利用者に貢献することを目的としたネットワーク運用者の集い。
Open Cachingとは
一人目の登壇者・株式会社JPIXの中川 あきら氏から、まず、「Open Cachingとは」「実証実験でOpen Cachingを触ってみての結果」について発表されました。
冒頭、中川氏より、Open Cachingとは、SVTA という国際アライアンスによって策定された CDN の技術仕様であるとの説明がありました。この仕様は、比較的新しい RFC などを元に策定されています。いずれもオープンな場で策定されたものであり、全体としてオープンでニュートラルな技術が使われていることが特徴です。このSVTAの仕様をもとに、米Qwilt社がOpen Cachingをサービス化させています。
中川氏はOpen Cachingの概要として、その仕組みを以下のように説明しました(図1)。
「Open Cachingでは、Origin ContentをShield、Edgeという2階層のCache Serverから配信する構成になっています。その配信を司るのが、OCC(Open Cache Controller)と呼ばれる管制塔です。インターネット上の管制塔からは、常時全てのノードのトポロジーや正常性などを把握しており、仮に何らかの理由でEdgeが落ちた場合には、事前の設定に基づき、他のEdgeや上位の Shield (総称して OCN ※Open Caching Nodeと呼ばれる)から配信されるように、OCCが各ノードに自動で司令を出します」。
上記説明では、管制塔という表現が用いられましたが、管制官にはQwilt社のオペレーターがインターネット経由で各ShieldやEdgeにアクセスできる体制となっています。各CP、ISPは、ダッシュボードによりトラフィックのイン・アウトを確認することが可能になっています(図2)。
配信のための3ステップとしては、
【1】OriginからOpen CachingへのRedirect
【2】Open Caching内でEdgeへのRouting
【3】コンテンツ配信
となり、Edge1がダウン時は、OCC(Open Cach Controller)よりEdge2が指定されます。全Edgeがダウンした場合は、Shieldから配信されますが、そのコントロールはきわめて簡単であることを特長として挙げていました(図3)。
今回の実証実験を経て、中川氏は、Open Cachingの特長として以下4つにまとめました(図4)。
1)オープンでニュートラル
2)Edge (Cache) をエンドユーザーに近い ISP に設置可能
3)コントロールが簡単
4)API が充実している、他
実証実験では、Multi CDNでのAS間切替え、IPv4/IPv6の共存を確認
続けて、中川氏より2023年実施のOpen Caching実証実験に関する概要説明が行われました。実証実験は、春と秋の2回行われました。春は、株式会社JPIXの他にJCOM株式会社、Qwilt社、Jストリームが参加。秋は、残項目と追加項目に関しての実験を進めるために、ケーブルテレビ株式会社、株式会社JPIX、Jストリームが参加しました。実証実験で確認された主な項目は、下記3つでした。
【1】Multi CDN の動作
【2】Open Caching の動作(DNS・https 、IPv6・IPv4)
【3】品質(QoE)の確認
実証実験では、Open Cachingは総じてスムーズに動いており、Multi CDNでのAS間の切替えも問題なく、IPv4、IPv6の共存も確認できました。また、機器ダウン時の挙動として、各プロトコル(IPv6/IPv4)のトラフィックが正常に迂回されることも確認できました。機器障害時にどのトラフィックがどう迂回されるのか、設計の重要性を実験で再認識したという経験者としての所感共有もありました(図5~7)。
ISP視点でのOpen Cachingの利点とは
2人目の登壇者であるケーブルテレビ株式会社の石川 英昭 氏からは、「ISP(Internet Service Provider)視点でのOpen Caching」について語られました。
ケーブルテレビ株式会社は、栃木県、群馬県、茨城県、埼玉県の4県6市6町にFTTHエリアを展開しているケーブルテレビ事業会社です。Open Caching利用のきっかけは、2021年に総務省の実証事業でEdgeを導入したことでした。
石川氏からは、Open Cachingの導入経験について Before (2021~2023)/ After(2023~)に分けて説明がありました(図8)。
石川氏によると、Before時代のEdge導入背景としては、TOCHIGIXでのチャレンジ、上位回線コスト削減(特にトランジット回線)、トラフィックの品質向上(QoE)がありました。2021年時点で、Edge単体の導入により僅かながらの改善が図られていました。しかし、冗長構成や配信規模の拡大、IPv6対応などの新たな課題も見えてきたと言います。そこで、2023年の実証実験では、JPIXに設置をしているQwit Shieldを利用し、次なる検証へと取組んでいくことになりました。
2023年の実証実験では、Edgeダウン時等の冗長構成、およびDual Stack環境での動作検証を確認ポイントに据えたと言います。JANOG登壇当日は、石川氏より、Dual Stack 区間、IPv6-only 区間、 IPv4-only 区間、それぞれの区間で適切なプロトコルが使われていることを確認できたと報告されました(図9、図10)。
石川氏は、2021年からの2度にわたる経験を振返り、以下のようにまとめました。
・通常時にShield からEdgeに配信されるトラフィックが IX 経由のため、Transitのトラフィックを削減することが可能になった。
・Edgeダウン時においても、Shieldからエンドユーザーへの配信がIX経由になるため、Transitの従量課金への影響が出ない。
・Edgeシングル構成の場合、Shield が Edgeの「予備系」となるため、ISPとしては「冗長構成」を満たすことができた。
・オリジンコンテンツがIPv4で配信する場合も、Open Caching Nodeからエンドユーザーに対してはIPv6で配信できるため、自社(ISP)のネットワークにおけるIPv4 Trafficの削減を期待できる。
・複数のISPが Shield を利用することにより、CP 視点では大きなCDNとなるため、CP がコンテンツを流すモチベーションになると考えられる。
CDN事業者にとってのOpen Cachingの利点とは
登壇者の最後は、Jストリームの高見澤から、CDN(Content Delivery Network/エンドユーザーに近い場所からコンテンツを配信するためのサーバ群のこと)事業者として「Open Cachingの実証実験を通して、新しいCDNの仕組み導入から得られた知見」が発表されました。
CDNとは、データを効率よく最適に配信する仕組みのこと。エンドユーザーの近くにキャッシュサーバーと呼ばれるCDNの配信サーバーを多数設置し、オリジンサーバーに置かれている大元のデータをキャッシュサーバーが一時的に複製(キャッシュ)することで、エンドユーザーに配信します。高見澤は、CDNのポイントとして大きく以下2点をあげました。
1.キャッシュサーバーをエンドユーザーの近くに置く
2.エンドユーザーに近いキャッシュサーバーにトラフィックを誘導する
Open Cachingでは、ISP内に共有キャッシュサーバー(Edge)を設置することで、コスト面の問題をクリアしながら上記1の充実を図ることが可能となります。国内CDN事業者としては、Open Cachingを活用することで、ネットワークの公平性(ISPにやさしい)を担保し、高い視聴品質を保てることをメリットとして挙げました(図11)。
実証実験では、障害試験やIPv6 SingleStackでの配信試験なども実施されました。Edgeとなるキャッシュサーバーの障害時は、Shieldとなるキャッシュサーバーへフェイルオーバーする挙動も確認できました(図12)。
また、Open Cachingの品質(QoE)については、
『Request Latencyとしては、動画再生時の”First byte”はOpen Cachingの方が好スコアとなりました。国内においても、距離的に近いOpen Cachingが有利に働く結果となりました』との報告がされました。
一方で、動画の全体的な視聴者エクスペリエンスとしては、全CDNにおいて100(最高スコア)という結果も出ていました。高見澤からは、『両結果を踏まえると、国内のネットワークは優秀ではあるが、Open Cachingを使うことで、よりダイレクトな配信になることによるトラブル発生時の切分けやすさや、キャパシティ強化という点において期待が持てるのではないか』との見解が述べられました。
最後に、高見澤からは、どのようにエンドユーザーを誘導していくのかという「トラフィックの誘導」について語られました。Open Cachingは、各ISP内のキャッシュサーバー (IPアドレス)に対して誘導するため、 DNS方式により誘導しています。
DNSベースでの誘導における課題としては、誘導の精度がキャッシュDNSサーバーベースで決まることです。キャッシュサーバーを地域分散することはある程度できるものの、より高精度な誘導方法を考えておく必要があります。
上記課題に対する解決案として、高見澤からは、ECS(EDNS Client Subnet)というRFC7871で標準化された技術を使用しコントロールする方法が紹介されました。Open CachingのOCCは、ECS対応をしており、ECSはクライアントのIPアドレスやサブネット情報を権威DNSへ伝えることができます。現在、JストリームもECS対応を進めており、今後、DNSキャッシュサーバーのリソースへの影響等について検証予定である旨を言及し、報告を終了しました(図13)。
今回の実証実験に関して中川氏、石川氏、高見澤からは、Open Cachingの活用により、冗長構成やDual Stackへのスムーズな対応、キャパシティ強化など多くの効果が期待できる点が発表されました。そして、今後の課題として、Edgeの上位回線のトラフィック削減率や、ECS対応やIPv6のアドレス集約による高度な誘導の可能性など、実証実験を重ねながら詳細を明らかにしていく方向性が共有されました。
最後に、今後の継続的な活動に際して、参加者を随時募集している旨の呼びかけをして、プログラムは幕を閉じました。
―― 今後の取組みについては、また、Voiceでもお伝えできればと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【関連情報】
JANOG53 プログラム紹介ページ
日本に上陸した新しい Cache、Open Caching を触ってみた。 – JANOG53 Meeting in Hakata
新しい Cache “オープンキャッシング” の実証実験開始(2022.12.07 プレスリリース) ※Jストリームコーポレートサイトへリンクします