2017年から2018年にかけて、社会問題として注目されたマンガ海賊版サイト「漫画村」をご記憶の方も多いと思います。第三者が著作権者の許諾を取らずにコンテンツを配信する海賊版サイトは年々増加し、2021年にタダ読みされたマンガの総額は1兆円を超えると試算されています。(※1)
2022年7月に函館で開催されたJANOG(※2)50では、海賊版サイト・技術検証チーム(以下、技術検証チーム)による「マンガ海賊版サイトの技術要素と対策法」と題するプログラムが行われました。技術検証チームの一人として、Jストリームのインフラエンジニアも登壇しました。
当日は、2018年以来の海賊版サイトに関する動きを振返るとともに、海賊版対策・技術検証チームによる技術的な調査や活動内容が共有されました。
マンガ海賊版サイトでは、CDNを巧みに悪用していることがわかってきています。そこで、今回は、当日のプログラムへ登壇したN.T.さんにインタビューを行い、技術検証チームの活動概要、海賊版サイトにおけるCDN活用の現状、そして今後について話を聞きました。
N.T.プラットフォーム本部 インフラエンジニア(新卒入社・16年目)
学生の時からストリーミングに興味があり、自分で配信サーバを作ってライブ配信していました。自宅にサーバやネットワーク機器があり、そんな中で生活しています。2021年からは、動画プラットフォーム(J-Stream Equipmedia)やCDNサービス(J-Stream CDNext)などの自社開発プロダクトを取りまとめる部署に所属しています。
利用技術:BGP / OSPF / IPv6 / DNS / Cisco IOS / JUNOS / FRR / KVM / VMWare / シェルスクリプト / Ansible / Docker / raspberry pi / お家サーバ / GPU / NDI / SRT / ffmpeg
『漫画村』以降も増加を続ける、近年のマンガ海賊版サイトの動向
活動の開始は2022年4月からになります。マンガ海賊版サイトの対策はそれ以前から行われてきましたが、技術検証チームの発足にあたり、「CDN事業者として技術検証チームへ参加してもらえないか」とJストリームにもお声がけいただきました。というのも、マンガ海賊版サイトの多くはCDNを利用し違法コンテンツを配信しているという事実があったためです。
技術検証チームは、現在私含め5名です。決してクローズドなものではなく、幅広い技術的知見やアイデアを随時大歓迎しています。
CDNとは、そもそも画像や動画などの大容量のデータを効率よく配信する仕組みです。CDNでは、オリジンサーバのコンテンツデータをキャッシュします。それにより、オリジンサーバの場所に関係なく、キャッシュサーバから高速な配信が可能になります(図1)。
不本意ですが、その通りです。しかも、マンガ海賊版サイトは、広告ビジネスが成立してしまうほどの存在になってしまっています。
例えば、海賊版サイトAの2021年11月の月間訪問者数は、1億8000万でした(図2)。1ページあたりのファイルサイズは、18.59MBで、データ月間流量は15.48PBになります。このように大規模なアクセスのあるサイトでは、オリジンサーバのみで運用していたのではコスト的に到底見合いません。そこで、多数の配信サーバで構成されたCDNを使うことで、オリジンサーバの負荷を減らし、効率的なコンテンツ配信を実現させているのです。配信品質とコスト最適化を両立させるための役割を、ある種CDN技術が担ってしまっているわけです。
――素朴な疑問なのですが、海賊版サイトの問題は動画や音楽など、電子データであれば、コンテンツを問わず起こり得ます。なぜマンガの海賊版サイトだけがこれだけ大きな問題になっているのでしょうか?
動画はデータ量やトラフィックが多く、オリジンサーバのコストや配信コストがかさんでしまうので、もし海賊版サイトを運営しても収益性が低いのだと思います。
加えて、YouTubeをはじめとした動画共有サイトは10年以上の年月をかけて、著作者に対する配慮や対策を続けてきたことも、大きな差となっていると感じています(※3)。
一方、マンガ海賊版サイトはデータ量やトラフィックが少なく、現状では歯止めがかけられる方法が少ない。このあたりが大きな違いだと思います。
『漫画村』が運営されていた当時は、有名なマンガ海賊版サイトは数えるほどでしたが、運営者が逮捕されたことで海賊版サイトの認知が広がり、逆に状況は悪くなっています。
『漫画村』が閉鎖された後も国内外で多数の海賊版サイトが生まれ、いまではGoogleなどの検索サイトで比較的簡単にマンガ海賊版サイトにたどり着くことができます。
CDN技術調査で見えてきたマンガ海賊版サイトの巧妙な手口
マンガ海賊版サイトの基本的な構成は、海賊版マンガの画像ファイルを置くオリジンサーバがあり、それを受けてCDNキャッシュサーバ、負荷分散を行うGSLBがあり、エンドユーザーへ届くという形です。マンガ海賊版サイトの多くは、平均200ページ以下で、10TB以下のものが多いと考えています。現在1,000以上のサイトが乱立している状況です(図3)。
これには、大きく2つの要素が影響しています。一つは、CDN利用に対する障壁の低さです。マンガ海賊版サイトでは、特定のCDN事業者が利用されていることがわかっています。そのCDN事業者では、利用者の身元確認はメールアドレスのみと甘く、流量や機能を無料で利用できる範囲が広いんです。悪用しようとした人物は、身元を明らかにせずとも、簡単にCDNを利用できてしまいます。
2つ目の要素は、多くの海賊版サイト用のCMSテンプレートの存在です。仮に摘発されたとしても、テンプレートを使ってすぐに新しいサイトを作り、次々と別のサイトへ移動して摘発を免れていると想像できます。
CDNのことはかなり理解していると思います。例えば、調査活動の中でわかったこととしては、とあるマンガ海賊版サイトで使われているJavaScriptのプログラムを確認したところ、マンガ画像ファイルを複数のCDNへ割り振るような制御をしていました。先述のCDN事業者の無料枠を悪用しながら、複数のCDN契約を行い、キャッシュサーバでアクセス分散させているのです。そうすることで、マンガ海賊版サイトは、大規模なアクセス集中があった場合でも、オリジンサーバへの負荷を回避し、コスト抑制をさせること可能になります。
オンプレミスでのCDN構築・運用から得られる知見を問題の解明に活かす
活動は、大きく分けて「調査・対策・啓蒙」の3つを主軸にしています。JANOGでの発表時には、登壇者4名が各自の担当部分を中心に情報共有と問題提起を行いました。
まず「調査」ですが、海賊版サイトの運営者がどういうシステムやネットワークを使い、どのような手段で儲けているのかなどを調査しています。
次に「対策」は、裁判や広告パブリッシャ―への協力・連携の他、検索などのシステム面での対応などが挙げられます。事業者間での海賊版サイトのキャンペーンや、検索サイトでの啓蒙バナー設置などの展開を行ってきていただいた例などもあります。
最後に「啓蒙」ですが、エンジニアを含めたインターネットユーザー全般に「海賊版サイトは深刻な問題なんです」と伝え、「一緒に解決してくれませんか?」と協力を呼びかける活動です。今回のJANOGへの登壇も啓蒙活動の一環です。
実は今回のインタビューでは、各登壇者の方のお話を詳しくご紹介することも考えていたのですが、一緒に登壇されたさくらインターネットさんが、全体レポートをまとめてくださっているので、ぜひそちらをご覧いただければと思います。具体的な啓蒙活動内容やCDN以外の調査活動、そして調査結果に基づくサイトの同一性判別や広告パブリッシャ―との連携といった対策活動まで、とてもわかりやすく、簡潔に書かれたレポートです。
現在は「調査」と「啓蒙」に比重を置いています。特に「調査」は普通にインターネットを使っている方々には見えない領域であり、とても地道な活動ですね。
――Jストリームのアセットやノウハウが調査へ活かせたケースはありますか?
Jストリームは、オンプレミスで自社のCDN構築と運用を行っています。そのメリットを今回の活動へ役立てることができました。
例を3つほどあげますと、一つは、CDN構築を詳しくわかっているため、マンガ海賊版サイトの仕組み理解について仮説が立てやすい点ですね。Jストリームには、インフラエンジニア以外にもフロントエンド、バックエンドをはじめとした幅広いエンジニアが所属しています。様々な職種の開発メンバーと話す中で得られたヒントは、多数ありました。
二つ目は、調査で必要なサーバやネットワークを社内調達しやすいことです。調査においては、自社が持つオンプレミスのインフラ環境を柔軟に利用することができました。
そして、三つ目が、大規模なコンテンツ配信における、数多くの実績をもとにした肌感ですね。Jストリームでは、幅広い業種や利用シーンでご利用いただいています。また、自社CDNは構築だけでなく、運用も社内エンジニアが行っています。ですので、調査データからキャッシュのヒット率を見れば、サイトの規模感がおおまかにわかります。これはマンガ海賊版サイトの相手を知る上で重要な情報です。
Jストリームが持つ環境や知見を活かし、自社だからこそできる役割を担い、大きな社会問題の解決に向けた取組みだという実感がありますね。
この問題は特定の国の、特定の事業者だけが動いて解決する問題ではありません。国や企業の垣根を超えて、様々なエンジニアが知恵を出していく必要があると思います。
インターネットは様々な技術者が公共の利益を考えて構築してきたものです。だから、今回の海賊版サイト問題にも「各事業者が協力しましょう」「業界内でガイドラインを作って対応しよう」という方向性で進んでいます。技術検証チームもワールドワイドにインターネットコミュニティで協力を呼びかけてきました。
今回、JANOGで問題提起をしましたが、技術検証チームとしては、この問題は他のカンファレンスでも数多く話していきたいと考えています。また、今後は海外への発信なども必要になるのではという話もしています。
CDN業界へ恩返しがしたい
Jストリームは、1997年に世界初の動画配信専門会社として誕生し、CDN事業を長年手がけてきました。国内CDN事業の先駆者としての自負もあれば、社会的責任もあると思います。マンガ海賊版サイト問題については、CDNが悪用されていることが明白な以上、我々も最大限の貢献をしていく必要があると思います。それは、技術的な貢献ももちろんですが、社会から「漫画海賊版サイトは放置できない問題である」という社会の空気を作ることにもつながると思います。
――なるほど、「社会の公器」としての責任について話しているのですね。最後に、N.T.さん個人のモチベーションについて教えてもらえますか?
私はCDNでコンテンツ配信をやりたくてこの会社に入りましたし、今までIT業界で働かせてもらった恩があります。対策活動はそういったことに対する恩返しだと思っています。
インターネットというエコシステムは誰かが取りまとめるものではなく、様々なエンジニアがそれぞれ知恵を出して努力しながら構築されてきたものです。私はそういったエコシステムのなかで育ってきたので、少しでも業界の発展のために尽くしたい。Jストリームも同じ想いで、IT業界が今後も繁栄していくための活動ととらえています。ですから、今回私が担当している活動も、社内では業務の一環であるという理解のもとで行っています。
――IT業界の一員として、エコシステムに貢献したいという想いがあったのですね。とても地道な活動ですが、コンテンツ業界やIT業界が繁栄していくために重要な取組みであることを再認識しました。対策活動により、解決の道がさらに開けていくことを期待しています。
注:
※1:
文化庁著作権科の調査書より
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/93713501_01.pdf
※2:JANOGとは、JApan Network Operators’ Groupを意味し、インターネットに於ける技術的事項、および、それにまつわるオペレーションに関する事項を議論、検討、紹介することにより日本のインターネット技術者、および、利用者に貢献することを目的としたグループです
※3:
利用許諾契約を締結しているUGCサービス一覧
※在籍年数や役職を含む記載内容は、取材当時のものです。その後、状況が変化していることがあります。
【関連情報】
マンガ海賊版サイトの技術要素と対策法 JANOG50 Meeting JANOG公式サイト※当日の講演資料も公開しています
JANOG50「マンガ海賊版サイトの技術要素と対策法」レポート さくらインターネット株式会社「さくらのナレッジ」