YouTubeやTikTokなどの普及により、私たちの生活にとても身近なものとなった動画。VRや生成AIなど、新たな技術も誕生し始めています。これまで25年以上も動画配信に携わり続けてきたJストリームは、今の状況をどのように捉えて、どのような技術方針を掲げているのでしょうか。
Jストリームの事業柱となる配信関連の自社プロダクトを生み出すプラットフォーム本部。今回は、そのプラットフォーム本部の技術トップである、アーキテクトの大川と高見澤にインタビューを実施。Jストリームが今抱えている技術面の課題、エンジニア組織の状況や特徴、今後の展望などを対談形式で語ってもらいました。
技術方針は、“エンジニアの将来”も考えて決定する
―― 最初に、お二人の役職でもある「アーキテクト」について、どのような役割を担っているのか教えてください。
私たちアーキテクトのミッションは主に2つあります。まず1つ目は「技術と技術をつなぐこと」。エンジニア組織全体を俯瞰しながら、フロントエンド・バックエンド・インフラをはじめとした各技術領域をどのようにつなげ、最適化していくかを常に考えています。もう1つは「組織を尖らせること」でして、動画配信業界で先陣を切っていくために、最新技術の導入検討・検証を行っています。新しいことをやっていこうよ、と組織に投げかけるポジションですね。
私はよくJストリームのエンジニア組織を船に例えるのですが、まず船をどのように用意するのか考えるのがプラットフォーム本部長の役割だとしたら、アーキテクトの役割は「船をどこに進めるか」を考えることです。その上で、部長陣がどの目的地にどうやって辿り着くか? を考えていきます。つまり我々の仕事を一言で表すとしたら、「会社全体に対して技術方針を指し示すこと」になるかと思います。
各技術を理解し、伸びや可能性を見極め、世の中の情勢やトレンドにあわせて、自社の技術が向かうべき方向性を決めていきます。
実は、もうひとつ、自身の裏テーマとしては、エンジニアのキャリアパスを体現するということも強く意識していますね。技術にこだわり、追求し続けた先にあるキャリアを、アーキテクトである自らが示していくということです。
―― 会社の技術方針は、どのように決めているのですか?
まず、Jストリームの自社プロダクト開発について、技術的な側面から重要と考えるポイントは、「動画を中心とした技術の探求」と「オンプレミス環境の安定的な提供と拡張」の2点としています。この点は数年程度変わらない普遍的な方針と考えています。
動画配信を最適化させるには、映像や符号化に関する技術だけでなく、圧縮技術やDRM等のセキュリティなど、複数分野の専門的な技術が必要です。加えて、オンプレミスにおける自社設備構築の強味を活かし、高度化させていく必要があります。
次に、技術選定方針についてです。Jストリームは動画の会社なので動画技術をどんどんと取り入れていくわけですが、導入するにしてもさまざまな選択肢の中から選ぶ必要がありますよね。
たとえばインフラでいうと、同じルーターでもメーカーが3つあるとか、プログラムであれば同じようなことが実現できる言語が4つあるとか。そこに対して、会社の要望を満たすものを取り入れるというのはもちろんなのですが、我々は「エンジニアにとって潰しが効く技術か?」という観点も踏まえて決定するようにしています。
先ほどのルーターの話で言うと、Ciscoのルーターであればどんな企業でも活用しているため、仮に将来、エンジニアが転職する場合でも経験・スキルが活かしやすいと思います。しかし、機能的には同程度だが無名のメーカーで作られたルーターを導入してしまうと、せっかく技術を習得しても、エンジニアとしてのキャリアアップに活かせない可能性が高くなります。
このように「エンジニアがこの先も活かしやすい技術か」「定年までずっと食べていける技術か」ということも重視して、見極めたうえで技術方針を決めています。
技術革新に備え、エンジニア評価制度を拡充
―― 現状において、Jストリームは技術面でどんな課題があると感じていますか?
当社が特にポイントだと考えているのが「動画のコモディティ化」という課題です。YouTubeをはじめとしたさまざまな動画プラットフォームが出てきたことで、ある種「動画とは、こうだ」というイメージができ、多くの人が簡単に動画を扱える時代になりました。その中でJストリームとしての特色を出していくには、周囲と同じようなことをやっていても意味がないですよね。ですので、新しいことにいかにチャレンジしていくか、が重要だと感じています。
コモディティ化は、普及という点ではよいことなのですが、硬直化のリスクもはらみます。「コモディティ化」という課題に対する打ち手として、ここ数年かけて、変化に強いエンジニア組織改革を進めてきました。インフラのコード化から始まり、エンジニア採用強化、新部門設立を含めたBizDevOpsの確立、エンジニア向けに評価制度の拡充、教育、コミュニケーション活性化などです。変化に柔軟に対応し、新しい価値を創造できた人をより適切に評価できるようにしています。
Jストリームが誕生した1997年は、世界的にも動画配信の黎明期でした。私たちには、動画配信のパイオニアとして、マーケットを切り拓いてきた自負があります。インターネット動画は、ごく当たり前のコミュニケーションツールとなり、世の中には多くのサービスが提供されるようになりました。Jストリームは、付加価値として動画の新たな存在価値を伝えていかなければいけません。エンジニア組織は、技術の力で新たな存在価値を生み出す役割を担っています。
Jストリームでは、年間1,200以上の企業にサービス提供をしています。多くの企業が、「Jストリームならば」という信頼感より当社のサービスを選んでくださっています。その期待に対して、私たちは、技術の力で高いレベルで応え続け続けていく必要があります。自社プロダクトを守り、維持していくのは簡単なことではありません。
一方で、変化に対して一層強い組織にしていくこともまた重要です。今の技術環境はこのままでいいのかと考え、変化させていく必要があります。
エンジニア組織改革以前は、上記の両方を兼務するような体制でしたが、これを評価の面を含めてわけました。
具体的には、全社人事制度に加えて、年齢や社歴に関係なく、主な評価軸を個人の技術力とする「Tech人事制度」を別途作りました。Tech人事制度は、新卒社員を含めた全社員に開かれています。
全社人事制度とTech人事制度では目標設定も全く異なっています。どちらの制度も変化に強いことを求めていますが、Tech人事制度は、技術に特化し、自社の技術と環境を変化させることを目的としています。Tech人事制度を希望する場合は、毎年変わるスキル審査を受け、常に変化していく状況にあわせてスキルを伸ばさなければならない仕組みにしているんです。
―― インフラに関しては、安定性や堅牢性が重要なイメージがあるのですが、変化や新しいチャレンジが求められるものなのでしょうか?
そうですね。インターネットが誕生して30年ほど経ちますが、確かにベースの部分は当時から大きく変わっていません。ただ、フレッツがNGNに変わったとか、IPアドレスがv4からv6に変わりつつあるとか、そのような変化は刻々と起こっているんですね。ベース技術は変わらないにしても、我々の領域であるCDNや動画配信に関しては、新しい技術も日々誕生してきています。
その状況に対してどのように立ち振る舞うかは、しっかりと考えていかなければいけません。その際には、自社だけでなく業界全体の発展という視点に立ち、ISPや業界団体などとも連携することも大切です。
「安定性や堅牢性が重要」というのは、インフラだけでなく開発側でも言えることだというのはまず補足しておきたいです。その上で、我々に変化が求められるのは、実はもう少し先の話だったりします。
先ほど高見澤から「インターネットのベースは30年変わっていない」という話がありましたが、実は動画のベースもここ10年ほどはあまり変わっていないんです。基本的には動画圧縮規格では、ブルーレイなどでも用いられているH.264を活用するのが今のスタンダードとなっています。10年変わっていないと、やはり動画配信の技術を活用できる会社は増えるものです。
ただ今後、新しいコーデックやプロトコルが出てきて世の中がガラリと変わる可能性は大いにあります。その瞬間、動画会社は「確かな技術力があって新しい技術についていける会社」と「全くついていけなくなる会社」に二分されるでしょう。Jストリームはその未来に備えて、変化に柔軟に対応できる人材を育てているんです。
我々は、コモディティ化によって進化が止まっている動画業界を変えていかなければならない立場だとも思っています。私たちJストリームは、その旗手として、動画をもっと便利で快適なものにアップデートしていきたいんです。
―― 変化に強い組織を作るにあたって、エンジニアにどのようなことを求めていますか?
技術というものを分解すると、だいたい決まった動作で進めていくものになるんです。たとえば「サーバを構築するなら、所定のLinuxコマンドを入力する」など。それをただ作業のようにこなすのではなくて、一つひとつにどんな意味があるのかをしっかり理解しながらできる人を求めたいです。技術の仕組みをきちんと理解できているエンジニアは、もし開発の方針や目的が変わったとしても自ら転換ができるようになります。
私も大川と同意見です。近年は生成系AIなどが出てきて、これまで人間でしかできなかった作業もどんどんコンピュータで補えるようになってきていますよね。そうなると、人間側が仕組みを理解できていなくてもいろいろなアウトプットが出てきてしまいます。コンピュータをうまく使ってモノを生み出していくには、その仕組みをきちんと理解できる人が必要です。
また「今動いているシステムに改善策を出せる」ことも求めています。エンジニアとして働いていると、思考が凝り固まってしまって現状動いているサービスや仕組みには疑問を抱きづらいものなんですね。ですので、「ここを変えてみたい」とか「これを取り入れたい」と意見を出せる方を、積極的に評価していきたいです。
―― 現代はコードの簡略化など業務効率化が進んでいますが、それでもやはり中の仕組みはきちんと理解しておく必要があるのでしょうか?
実は、エンジニア向け人事制度を拡充するためにTech人事制度を新設した理由がそこにあります。エンジニア組織全体で見たときに、業務効率化はしっかりと追求しながらも、根本的にシステムや技術を見直し、さらなる効率化や生産性向上を果たせる体制にしたかったんです。
そのためには、各自の守備範囲を明確にして、組織全体で攻めと守りの両方を実現させる必要があります。エンジニアのレイヤーを複数に分けるようなイメージです。
そんな理由から、Tech人事制度での評価では「技術の仕組みを根本から理解する力」をより強く求めていますね。
―― 2つの人事制度により、エンジニア組織が分断されてしまったり、意見が通りにくくなったりすることはないのでしょうか?
プラットフォーム本部内では、副社長や本部長、部長陣などの幹部が集まって、お互いの意見をすり合わせる場が毎週定例で開催されています。時には「予算の関係で難しい」と言われることもありますが、お互いが納得するポイントをきちんと探り合って進めているので、完全に分断することはありません。
基本的には、私たちが示した技術方針や提案をもとに「どうしたら実現できるか」「実現するためには何が必要か」というスタンスで話し合いが進んでいきます。ですので、分断することはなく、お互いで役割分担しながら事業を前進させています。
―― Tech人事制度適用を希望するエンジニアは、入社時点で動画関連の技術が必須となりますか?
動画関連の技術はマストではないですね。興味さえあれば、そのあたりの技術力は問いません。
むしろ、動画以外の技術を持っている方は大歓迎です。我々が扱うのは動画ですが、そもそも動画を動かしているのは、基本的なネットワーク知識や開発知識によって作られたミドルウェアやアプライアンスなんですよね。どんなに動画に詳しくても、ベース部分の知識が「この動画はこのチェックボックスにチェックを入れたら動く」程度しかなかったら、おそらくインターフェースが変わった時点で動画も扱えなくなってしまいます。そのため、動画に詳しい方よりも基礎的な技術・知識がきちんと備わっている方をまずは求めます。その上で、動画の技術は入社後にきちんと教育していきます。
技術力が語る:自己アピール力ではなく、技術にフォーカスした活躍の場づくり
―― Tech人事制度は、「生涯エンジニアでいたい」という方にとって画期的な制度だと感じましたが、具体的にどんな方におすすめですか?
「ずっとエンジニアとして活躍したい」と考えている方におすすめです。これまでのIT業界は、キャリアアップするためには組織リーダーやマネージャーになるしか道がないというのが常識でした。Jストリームではこの常識を覆して「技術だけ追求していても、幹部レベルまで昇進できる」という道筋を示していきたいんです。
エンジニアの中には、確かな技術力があるにも関わらず、コミュニケーションの点から、うまく立ち回るのが苦手だったり、人をマネジメントするのが不得意だったりするために、不遇な扱いを受けている方もいらっしゃると思います。Tech人事制度は、そんな方に対して「技術力が高いなら、しっかり評価されるべきだ」と言ってあげたい思いもあり作られた制度です。
採用活動の際も、まずは技術力さえあれば高く評価したいと思っています。一般的な採用活動では、企業に自分の技術力をアピールしたいなら何枚もレポートを書いたり、分かりやすい資料を作ったり、噛み砕いて流暢に説明したりする必要がありますよね。その点、Jストリームでは技術に理解のある我々が選考を行うので、丁寧な説明はあまり必要ありません。高い技術力を持っていそうだと判断したら、こちらから引き上げます。
また面接でも、一般的には、コミュニケーション能力が最重視されたり、会話のキャッチボールがスムーズでなければ低評価となったりする風潮があるように思います。しかしJストリームでは、技術力がきちんとあれば、多少会話が詰まっても問い詰めたりすることはありません。
もちろん「相手と意思疎通を図ろうとする意志がある」「相手を尊重する気持ちを持つ」など、基本的な社会性は必須です。会社に集まって皆で設計を話し合ったり、他部署の人と会話したりする場面もあるので、そこは理解しておいていただきたいと思います。一般的な就活で求められるような高いコミュニケーション能力はなくても問題ないので、その点はご安心ください。
入社後も、エンジニア同士で協力したり会話したりする場をたくさん作っています。そのため「技術に明るくない人に対してイチから一人で説明しないといけない」といった場面は少ないです。勘所があるエンジニア同士で物事を進められるように配慮しているため、働きやすい環境なのではないかなと思います。
―― とはいえ、ゆくゆく技術面で組織をリードしていくとなると、Tech人事制度を選んだエンジニアも、マネジメント能力や専門技術を噛み砕いて伝える力が必要となる気がしました。そのあたりはいかがでしょうか?
Tech人事制度では、エンジニアとして実装を担う「プロフェッショナルライン」と技術リーダーとして経営課題を解決する役割を担う「テックリードライン」という2つの種類があります。いずれも技術力を軸とし、技術を追求することを前提としています。従来のマネージャー=リーダーという枠に限定せず、その人だからこその技術力で自社の技術をけん引したり、エンジニア組織に影響を与えることを意図しています。その中でエンジニアリングの現場を技術的に引っ張る適性がある方はテックリードに任命する、という考え方です。
Tech人事制度のメンバーが集う定例会では、エンジニアリング現場に意見を聞いたり、情報交換する場を設けています。そういう意味では、定例会は人に物事を伝える良い練習機会にもなっているのかなと思います。
“未来からの逆算”ができるエンジニア組織をつくりたい
―― 今後、どのようなエンジニア組織にしていきたいですか?
これまでの組織では、「既存の積み上げ」で仕事を進めるのが主流でした。これは「今こういう問題があるから変えたい」「ここを改善したい」と精度をあげていくことに強いという特徴があると思います。ただし、積み上げ型のみですと、組織全体で見たときに、どうしても目の前の業務に追われてイノベーションが起きにくくなってしまいます。
それに対して、私が今後目指していきたいのは「未来からの逆算」で仕事を進める組織です。つまり理想的な未来を掲げて、それを達成するには何が必要かと考えられる体制にしたいんです。それができれば、動画のコモディティ化の課題も解決していけるのではないかと考えています。
語弊があるかもしれませんが、私は、今動いているシステムをあえて見直したり、変えていける組織ですね。サービス提供をしている以上、どうしても今動いているシステムは触りづらいです。だからこそ、エンジニアの視点で理想の未来をまず掲げて、それを実現するための第一歩を踏み出すことを、技術サイドからもどんどんと行っていきたいです。
少し前に、将来の理想的な動画の姿を考える「Tech合宿」というものを行ったんです。参加したエンジニアからは「ネットワークに不具合が起きたり切断したりしても、バッファやロード画面が出ることなく、視聴者が気づかないうちに解決してくれる動画」「VRで視点を360°自由に動かせる動画」など、さまざまなアイデアが出ました。そこから出たアイデアを実現化させる動きも、少しずつ出はじめています。未来に向けてまず一歩を踏み出す人と空気が、今後さらに増えていけばいいなと思います。
―― 最後に、お二人が思い描いている「動画業界の未来」があれば、教えてください。
YouTubeが流行ってテレビ離れが進み始めた頃、若者から「YouTubeはいつでも最初から見られるのに、テレビは途中からしか見られない」という声が挙がっていましたよね。これはおそらく、ユーザーの使い方が変化したことで出てきた意見なのだと思います。さらに今は「YouTubeだと尺が長いから」とショート動画や切り抜き動画が普及しています。こんな風に、ユーザーが求める体験は今後もどんどん変わっていくと考えています。その動きにあわせて、たとえば「動画をアップロードした瞬間にまとめのショート動画も勝手に生成される」など新しい機能が追加できたらいいですね。動画自体の変化もそうですが、その動画をどう見せるか? という部分にも注視していきたいです。
また今の日本は、インターネットがどんどん普及してトラフィックが増え続けています。そんな中、前述した動画圧縮規格であるH.264の後継のH.265は2倍の圧縮率となるため、同じ画質を維持しながら容量を今の半分にすることができます。そうなると単純に考えれば日本のトラフィックも半分になるはずなんですが、ライセンス料や再生アプリ、エンコードに必要なマシンパワーなど様々な背景もあり、普及に至っていません。そんななか、H.266やAV1など新しいコーデックも次々と出てきています。
どんな技術があるとインフラの負担が軽減するのか? という課題は、今後しっかり向き合っていきたいです。
今後も高画質化やアクセス増加は加速し続けます。だからこそ、私は基本に立ち返って「途切れずにきちんと流れる」ことを重視していくべきだと考えています。どんな場所でも、常に安定して動画が流れる環境が整えば、もっと多くの場面で動画が活用されていきます。
技術の力により、コモディティ化した動画を、世の中をどう変えていけるか? 何を可能にできるか? という目線は常に持っておきたいです。
―― 技術の力で、未来に向けたどんな次の一歩が繰り広げられるのか、これからも楽しみにしています。
※在籍年数や役職を含む記載内容は、取材当時のものです。その後、状況が変化していることがあります。