Jストリームは、ネット動画の配信におけるリアルタイム映像コンテンツ挿入・切替えにかかる技術を開発し、2021年12月に日本における特許を取得しました。
本記事では上記特許技術に携わった3名のエンジニアへインタビュー。開発内容や特許取得の経緯、今後の展望などをうかがいました。
ハードウェア頼みだった0.01秒単位でのコンテンツ切替えがソフトウェアで可能に
――今回お話をうかがいたいのは新規開発されたソフトウェアについてです。こちらは特許を取得したプロダクトだと聞いていますが、どのようなものなのでしょうか?
これはHLS配信におけるコンテンツ挿入や切替え精度に関わる技術です。
従来、動画配信の世界では2~10秒を一単位としてコンテンツが切替えられていました。今回の技術の一番の特徴は、0.01秒単位での切換え制御をソフトウェアベースで実現している点です。
2~10秒を一単位とする従来の方式では、CM挿入時などで映り込んでほしくないカットが含まれることがありました。今回の技術を使えば、配信の切り替えがスムーズに行えますし、編集にかかっていたコストや労力を大きく削減することが可能になります。
HLS配信方式では、小さなファイルが多数並んでひとつの動画コンテンツファイルを形成しています。日本の放送では、1秒間に表示するフレーム数は29.97です。0.01秒単位でのコンテンツ制御が可能ということは、1枚単位でフレーム指定ができることになります。
――動画領域に関わるプロが使う技術なのですね。業界内では画期的なものなのでしょうか?
放送やラジオ番組、音楽をはじめとしたコンテンツ配信事業を手掛けるOTT(Over-The-Top)領域では、CM挿入タイミングが重要ですので特に有効かと思います。すでに導入実績もあります。
従来から同様の作業は可能でしたが、多くのハードウェアを投入して行う力業が必要でした。作業に使われる機材はエンコーダと呼ばれ、1台200〜300万円の費用が正副でかかります。厳密に秒指定をしながら配信するためには複数のエンコーダが必要で、多くのチャンネルを持つ企業様には金銭的なコストが発生していました。
一方で、我々の特許技術はソフトウェアなので、ハードへの投資は必要ありません。専用のミドルウェアも必要ありませんし、nginxやPostgreSQL、MySQL、Apacheなどの汎用的なものを用いているため、機能拡張も容易です。大量のエンコード処理を行うような事業者様は、生産性をぐっと高めることが可能になります。将来的には、フレーム単位で編集を行うようなノンリニア編集現場での活用なども考えられると思います。
特許取得のカギ「新規性」と「進歩性」を見極める
――次に、今回の件について、開発から特許取得まではどのようなプロセスで進んだのでしょうか?
発案は私が行い、開発はM.S.さんが担当しました。特許取得の手続きはM.K.さんが担当しています。
経緯を話すと、私は2017年にJストリームに入社し、その後新領域を担当する技術開発1部が2018年に立ち上がりました。この部署の責任者になった私が手がけたもののひとつに、本件も含まれます。
開発は2019年3月にスタートし、実運用が始まったのが2019年7月です。もともとは特許を取得する予定はありませんでした。しかし、M.K.さんが入社したことがきっかけになり2020年2月に特許出願をし、2021年12月に取得となりました。
そうですね。エンジニア経験も豊富なM.K.さんとは、前職で一緒に仕事をさせてもらった仲です。M.K.さんは、20代前半で手掛けた特許技術を含めこれまで約40件の出願と、うち十数件は特許取得まで至った経験があります。
T.O.さんと出会った当時、私は会社経営をしていましたが、T.O.さんの声かけをきっかけに2019年8月にJストリームへ入社しました。
今回のプロジェクトで、私が担ったのは、弁理士と会社をつなぐ橋渡し役です。自社の技術のなかで何が特許になるのかを判断し、特許明細書を作る弁理士に依頼します。また、出願の後に発生する特許庁とのやりとりを弁理士と相談しながら進めました。
まずは申請する技術の見極めが必要です。申請の際に重要なのが、技術の「新規性」と「進歩性(誰も容易に考え出せないものであること)」です。ここはT.O.さんにヒアリングを行いながら、先行技術調査結果に基づき、私が今回の特許のポイントを見定めていきました。
出願は、特許明細書の提出で行います。明細書を作る弁理士さんはシステムに詳しいわけではないので、「このソフトウェアはここが特徴ですよ」と噛み砕いて説明しました。
出願後は、特許庁で実体審査という発明の中身に関する審査があります。ここでは、特許請求の範囲に記載された発明に新規性や進歩性について審査されます。新規性や進歩性がないと判断されると拒絶理由が送られてきます。先行技術との相違点を明確にしながら、拒絶理由に対応する形で、さらに補正書や意見書を用意して申請を通しました。
M.K.さんはエンジニアとしてキャリアを積んできた方なので、弁理士さんへ分かりやすく説明してくれますし、数十件の技術系の特許取得に関わってきたので特許出願の目利きにも優れている。とても頼もしい方です。
エンジニアは開発に没頭してしまうので、「この技術が特許になるかならないか」について、開発中は気にしないものなんですよ。特許取得に際しては、新しい技術の開発に加えて、従来技術との関係から客観的に自社の技術を見極める存在が不可欠です。ですから私は、その役割に徹しました。3人の役割分担がうまく機能し、「これなら特許を取れるのでは?」と実現したケースでした。
特許取得による開発組織への影響
まずは社内メンバーの意識が変わったと思います。私が入社する前のJストリームは既存のミドルウェアを使いこなすことが求められる会社でしたが、特許を取得してからはミドルウェアそのものを作る開発も増えましたし、特許を取得できたので自社の技術力を誇りに思うメンバーも増えています。
社外からのイメージも「既存のものを組み合わせてプロダクトを作るインフラ企業」から「動画関連の新技術に強いテクノロジー企業」へと変化してきています。箔が付く、ではないですけど他社製品との差別化も容易になりましたね。
あくまで特許は手段なので、「新たな技術を開発するなかで、結果的に特許が取れたらいいね」と考えています。Jストリームは時代に即して最先端の動画配信ソリューションを提供することを目指してきました。ですから、エンジニア組織は、「アイデアや技術力でお客様のニーズに応え、できないことをできるようにしましょう」と技術開発に邁進しています。その動きのなかで「Jストリームには特許を取れる技術力がある」というイメージを社内外に定着させていけたらと考えています。
今後はエンジニアにひたすらいいものを作ってもらい、特許が後からついてくる体制を作っていきたいですね。社内でも「他社がやっていないことをどんどんやっていきましょう」という空気が生まれています。継続的に特許を取得していくことにより「開発中のサービスやプロダクトもとれるかも」と意識が変わります。
開発に誇りを持ち、試行錯誤するエンジニア組織を推進
――ここまでは特許取得の流れや背景をお聞きしました。M.S.さんが担当された開発の経緯についても聞かせてもらえますか?
本件の開発期間は2〜3ヶ月でした。アイデアを実現して、他社に真似できないところまでブラッシュアップする過程に苦労しましたね。
既存の方法を用いて、0.01秒単位で動画ファイルを細かく切り分けて別の動画ファイルへ繋げると、一瞬画像がカクッと止まり、繋がりが不自然になってしまいます。この原因になっているのが動画プレイヤーの処理にありました。一度プレイヤーが初期化され、不自然な切り変わりが生まれていたのです。そこで、動画ファイルのパラメータを整え、自然に再生できるようにシステムを組みました。
開発中はプレイヤーの仕様書を参照しながら作業を進めました。仕様書は英語で書かれているため、逐一システムと仕様書を照らし合わせる作業が必要でしたね。
動画配信の場合、映像はフレームレートなのに対して音声はサンプリングレートと、データ化の仕組みが異なります。両方に対応する点にも苦慮しました。望んだ動きをしてくれるソフトウェアも探しましたし、プログラムやミドルウェアも動画に適したものを選びました。近年のソフトウェアはPCやモバイルなど様々な環境で使われます。OSのバージョンが異なると挙動も変化しますので、検証にも時間をかけました。
特許に関わる開発経験はなかなかない機会なので、嬉しかったですね。開発中は、理想を実現させることに必死でしたし、特許取得に向けた動きは予想外の展開でしたが、自身の技術力が認められたようで誇らしいです。
今後も積極的に特許は取っていきたいですが、特許取得はあくまで手段で、それを目的にすることはないと考えています。Jストリームはあくまでお客様のニーズに応え、世の中に売られていない製品を開発していきたい。これからも変わらずエンジニアの試行錯誤を推進していきたいので、まだ世の中にないものを形にしたいエンジニアはぜひJストリームで一緒に実現させましょう!
※在籍年数や役職を含む記載内容は、取材当時のものです。その後、状況が変化していることがあります。